わたしは武士をレンタルする時代に生まれてきたらしい(1)

一際目を引いたのは、吸い込まれるような蒼い瞳。
いつしかテレビで見て憧れた、海の底の色をしていた。


『レンタル武士はいかがですか?』
「新手の詐欺か」

それとも、危険なメールの類だろうか。
わたし、坂下雪は、パソコンの受信ボックスに届いたメールタイトルを睨みつけた。

「ほえ。雪姉ってそういう趣味なのー?」
「空(そら)!勝手に部屋に入ってこないでよ」
「まあねえ。人の趣味はいろいろだからねえ。雪姉もいろいろあるよねえ」
「聞いてる?私の話聞いてくれてる?」
「大丈夫だよ。空は全部分かってます」

妹の空は、えっへん!と胸を張る。
どうやらなにも分からないのはわたしだけらしい。

わたしは大学生になって都会で一人暮らしを始めた。高校生の空は自分が暇なとき、ふらりとやってきてふらりと帰る。

「……あ」
「今度はなに?」
「そのメールの相手、男?」
「知らない」
「空は帰るから」
「はいはい」
「お母さんに言っておくねえ」
「なにを?」

空は挨拶代わりに手をひらひらさせた。なんだろう。余計なこと言わないといいけど。

一抹の不安が胸を過ぎる。帰宅する妹の背中を見送って、わたしはタイトルだけ見たメールをゴミ箱に送った。


世間は戦国武将だ江戸だ幕末だ、刀の擬人化だと色めき立っている。それは例に漏れず友人・橋本茜(はしもとあかね)もそうだった。

今日とて、講堂の後ろから3列目を陣取ってわたしを座らせるや否や、身を乗り出して語り始めた。

「ついついレンタルしちゃいました!武士を!」
「は?」
「レンタル武士はいかがですかーっていうメールを頂きまして」
「え、茜も?」
「雪ももらいましたの?」
「もらったけど、即ゴミ箱行き」
「なぜですの!?」

頬に手を当てて絶句する茜の様子にやや引いた。同時に驚いた。
誰がどう見ても怪しいメールだと思う。

「しかも武士だよ?」
「武士ですわよ!武士を!レンタル!」

息巻く茜が残念過ぎる。見た目だけならばいいとこのお嬢さんなんだから落ち着いて。
もったいないから。周りの視線も痛いから。

わたしは、引きつりそうになる表情筋を抑えつけて先を促す。

「レンタルしてなにしたの?」
「食事をしたり、買い物をしたり、映画を見たり、レンタル彼氏とさして変わりません」
「ぶ、武士と?」
「もちろん、コスプレした人でしたけど、口調もそれっぽかったです!和服ってそそりますわよねー!」

武士といえばちょんまげ、刀、着物、草履。
金髪女子大生が時代錯誤の男子を連れて街中を練り歩く。

1-1挿絵

(ないわー)

想像してしまったことを激しく後悔した。


放課後。
バイトを終えて帰宅したわたしを待っていたのは、一件の留守番電話だった。

『雪、お母さんです。男から変なメールを受け取っていると空から聞きました。お母さんは変な男が義理の息子になるのは嫌です』
「変なメールがどこで変な男に変換されたの」

空の伝言か。母さんの脳内変換か。どこで情報が歪んだのか。

今更考えても、伝わってしまった以上は仕方がない。訂正するだけ無駄なので、ぐっと言葉を飲み込んだ。

『そんなに結婚したいなら、今週の土曜日にお見合いを組んでおきますからね。変な男のことは忘れなさい。以上』
「なんですって?」

待て待て待て。これは無理だ。黙っているのは無理だ。
見合い?自由恋愛蔓延るこのご時世に見合い?!

わたしは背負っていたリュックをベッドに叩きつけた。リュックの中に手を突っ込んでスマホを取り出す。電話帳で番号をタップすると、ワンコール目に母さんの声がした。

「あら、どうしたの雪」
「わたし嫌だよ、お見合い」

開口一番に切り込むと、母さんは電話の向こうで軽く息を吐いた。

「お母さんも嫌よ。変な男は」
「変な男じゃなくて、変なメールがきただけだって」
「変な男から変なメールがきたんでしょう」

わたしは頭を抱えた。

どうしよう。性別から離れてくれない。
メールの相手が男か女かなんて分からない。でも今それを母さんに訴えると、今度は相手が女だと思われるに違いない。どうしたら正しく伝わるんだ。

「そんな男に娘をやるなら、お父さんとお母さんが選んであげるから安心なさい」
「いやいやいや、わたしだって相手を選ぶ権利くらいあるよ」
「変な男がそんなに好きなの」
「男が変かどうかなんて、実際会ってみないと分からないでしょ」
「……それもそうね。いいわ、会いましょう」

ん?誰に?
声が固くなった母さんの様子に、わたしは身構えた。とても、かなり、嫌な予感がした。

「雪が好きな、その変な男に会って、お母さん自身の目で確かめるわ」

いないよッ!!
ぼふんっと枕に顔を沈めた。もうどこから修正すればいいか分からない。

「それともお見合いする?」
「会ってください」
「じゃあ、土曜日ね!空とお父さんも連れて行くから!」

ツー、ツー、ツー。
残ったものは無情な機械音。

「もっとこじれた!!」

最悪だッ!
わたしは誰もいない部屋で、頭を抱えて天井を仰いだ。

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