わたしは武士をレンタルする時代に生まれてきたらしい(3)

ダン!ダン!
ドアを叩く音で雪は目を覚ました。時刻は午前五時前。

「こんな早い時間に誰」

非常識にもほどがある。
いくらオートロックなしの鉄骨アパートとはいえど、チャイムとインターホンはついているよ。

わたしは眠たい目を擦って、ルームガウンを羽織る。ドアスコープを覗いてみた。
ドアの前に立っているのは、和服をきた長髪長身の男性。二十代後半くらいだろうか。腰に刀を差している。

「武士……?」

いや。レンタル武士は、金曜日から予約したはずだ。

おかしいなと思って、パソコンを起動させてメールを確認する。間違いない。予約期間はちゃんと金曜日からになっている。

「じゃあ、この和服の人は何者」

間違えて来ちゃったのかな。そういうことってある?こちらとしては、早く終わるから早く来てくれる分には問題ないけど。

ダン!ダン!ダン!
男は破れんばかりにドアを叩いてきた。慌ててチェーンを外してドアを開ける。

「ちょっと待って!そんなに叩かれたらご近所迷惑―――」

一際目を引いたのは、吸い込まれるような蒼い瞳。
いつしかテレビで見て憧れた、海の底の色をしていた。

2挿絵

「娘。ここはどこだ」
「あなたこそ誰ですか」

鋭い双眸。
息をつくまもなく、床に押し倒されてしまった。床に突き立てられた刀が鈍く光る。

「今一度問う。ここはどこだ」
(驚きすぎると頭は冷静に働くものなんだ……。借家の床を傷つけたら、いくら弁償しないといけないんだろう)
「聞いているのか」
「そっちこそなに?わたしはお金払ってるの。今すぐ刀を下ろさないとクーリングオフしてやるからね?!」

今度は男があっけに取られる番だった。

「あっはっはっは!これは参った!威勢のいい女だな!」
「は?」
「元々、女子供をいたぶるのは趣味ではない。わけのわからんことを抜かさずに正直なことを話してくれ。ここはどこだ」
「っ」

前言撤回。
刀を突き立てられたときの方がましだった。

声は笑っていても、目が笑っていない。
言い知れない悪寒に、わたしは身体を固めた。

(どうする?警察呼ぶ?)
「いわぬか」
(走れば電話まで届く)
「おっと」
「!」

男はわたしの視線の先にあった電話機を一刀両断した。

(器物損害!)
「あれでなにをしようとしたのか知らないが、お前には聞きたいことが」

トゥルルル

(待って待って待ってそれはヤバい!)

鳴り始めたのはわたしのスマホだった。
この春に買い替えたばかりの新型。24ヶ月払いのスマホの機種代だって返し終えてない代物。

(あれを電話機のように切られたりしたら……!)
「なあ」
「は、はい」
「あれはなんだ」
「見ての通り、スマホですが」
「すまほ?」

男はわたしの上から身を起こした。刀を鞘に収めて、テーブルに近づいた。

なにをする気だろう。
わたしは、いつスマホが切られるかひやひやしながら起き上がる。男は何を考えたのか、テーブルの上に置いてあるスマホを鞘の先でつつき始めた。

「鳴りやまんな」

それで鳴りやむわけがないでしょうが!
不機嫌そうに眉を寄せる男の様子に、ぐっと口を噤んだ。

「娘」
「……はい」
「すまほは、何故けたたましく鳴いている」
「はい?」

わたしはそろそろと男に近づいて、スマホを覗き込んだ。お母さんからの着信だ。

「母さんから電話がきてるからです。ここに、書いてあります」
「でんわとはなんだ」
「遠く離れた相手と話しができる機械です」
「きかい?」
「えっと、からくり」
「ほう!」

男の顔が先ほどと打って変わって、ぱっと明るくなった。

(え?なに?)

とても楽しそうだ。初めて見るおもちゃをもらった子供のような顔をしている。

困惑しているわたしをよそに、スマホを上から見たり横から見たり、指でつんつんしている。

「娘よ。これはどうやったら話しができるのだ」
「そこのみどりのボタンをタップすれば」
「たっぷ?」
「指で軽く押してください」
「ふむ」
「もしもし?」
「おお!ここから声がするぞ娘!」
「そりゃあしますよ。スマホだもの」
「あら、どちらさま?」
「俺の声も届くのか?!」
「そこに向かって話せば届きます」
「なんと!」
「持ち上げた方が話しやすいかと……」
「こうか!」

男は、嬉々としてスマホを持ち上げる。さっきまで刀突き付けてきた人と同一人物には到底見えない。あまりの変わりようにびっくりだ。

「これはこれは申し遅れました!柳田権左衛門と申します!」
「あらー!あらあらあら!あなたが!はじめまして、雪の母です」
「お雪の母上であらせられますか!いやはや、元気な娘さんですな!」
「いやですわー!本当に元気過ぎてしまって。お転婆していないかしら」

母よ、家っ子のわたしがいつお転婆したことがある?
そしてお前だ、男。なぜさも当たり前のように母に挨拶をしているんだ……?

蚊帳の外にいるわたしは、勝手に進む会話に唖然呆然とした。

「おなごは多少お転婆な方が可愛げがありますよ。お雪は気も強く、屈しない。なかなか見どころがあります」
(なんであなたはさも当たり前のようにわたしを語っているの?初対面だよね?わたしたち初対面だったよね?)
「とても明るい方で安心したわ。ではお会いできる日を楽しみにしていますね!」
「はい。ではこのへんで」
「ええ。雪にもよろしくお伝え下さい」

ツーツーツー。

「お雪」
「はい」
「声が聞こえなくなった」
「通話が切れたからですね」
「そうか……」

男は、名残り惜しそうにスマホを振ったり掲げたりしていた。

その背中がどこか寂しそうにも見える。
容姿に似合わず子どもっぽい男の一面に脱力した。

(でもまあ、電話はちゃんとしてくれたし。レンタル武士だから武士の時代に忠実なだけで。変な人だけど、悪い人ではないのかな)
「そういえば、娘。お雪というのか」
「あなたは柳田さん?」
「ゴンでいい。権左衛門だからな。俺を知る者は皆そう呼ぶ」
「ゴン、ですね」
「それから敬語もいらんぞ。堅苦しいのは嫌いだ。ところで」

柳田権左衛門。もといゴンはスマホをわたしに返してから、どかりと床に腰を下ろす。

「ここはどこだ!」
「そこに戻るんだ」

最初と違うのは、ゴンの深海のような瞳に鋭さが一切なくなったことだった。
代わりに好奇心がその瞳をキラキラ輝かせている。

(早く来ちゃったものは仕方ない。この性格なら一週間くらいなんとかなりそうな気も)
「お雪!これは!このきかいはなんだ!?」
「勝手に電子レンジ押さないで!空焚きはだめええええ!」

どうやら、わたしが感じたよりも前途多難のようです。

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