いったい誰が想像できようか。
「こちら、レンタル武士のゴン」
「茜殿ですな。柳田権左衛門と申します」
「ヒュッ」
「茜?!」
出会い頭早々に、友人が鼻血を噴いて倒れるなんて。
▽
「それで、お雪はどういう理由で俺をれんたるしたんだ?」
「ぐふっ!」
サンドイッチを食べていたわたしは、ゴンの言葉に噎せた。
ショッピングモールで無事に服を調達したわたしたちは、カフェで昼食を取ることにした。フォークとスプーンに四苦八苦しながらも、シーフードスパゲッティをちゅるちゅる啜るゴン。
だからサンドイッチにしたほうがいいっていったのに、と人のことは言えない。
「あ、あれ……、ゴンって横文字分からないんじゃ」
「横文字?」
「え」
海老を口に放り込み、咀嚼するゴンは目を瞬く。
「昨日、晴が俺を返却しろと言っていた」
「うん」
「返却というのは、借りたからするものだろう。つまり、俺は借りられている。そして、お雪は俺にしてもらいことがある」
「う、うん」
「俺はどういう理由で借りられているんだ?」
レンタルの理由を、ゴンの方から切り出されるとは考えていなかった。自然と背筋が伸びる。
わたしが改まって座り直すと、ゴンが困ったように頬を掻いた。
「あー……、そんな顔をさせるつもりはなかったんだが」
「え?」
「ここ。寄ってるぞ。皺が」
ゴンが、自分の眉間をフォークの持ち手でトントンっと指す。
そりゃあ、一応お仕事の話だし。わたしの将来がかかった話だから真面目にもなる。
「お雪、一応言っておくがな。俺は頼まれ事には慣れている」
「え、新人じゃなかったの」
「今の仕事はかれこれ三年はやっているぞ」
「ベテラン?!」
「べてらん?」
「玄人……」
「黒ほど年季は入ってないが、大抵の依頼はこなしてきた」
嘘でしょ。完全に騙された。
ほたてさえ刺せずに、スプーンで掬う程の壊滅的なフォーク捌きのゴンが?
まさかの、レンタル武士歴三年?人は見かけによらないものだ。
わたしが感嘆の息を吐くと、ゴンはムッとした顔をした。どうやら、わたしが信じていないと思ったらしい。ゴンは「本当だぞ」と言って、胸を張る。
「例えば、近所の飼い猫の捜索、お使い、ぎっくり腰になったお婆さんの代わりに家賃の取り立て」
「……ん?」
「依頼を持ってきた相方から『金になるから!』と、野盗の群れに放り込まれていたこともあった」
「え?」
「今更、親の仇を討ってくれと言われても驚かんわ!」
「うちの両親は健在です」
そんな物騒なこと頼まないよ。
ゴンが得意気に話す仕事内容は、茜のところに来た武士の話とだいぶ違う。しかし、武士が現代を生きるのは大変だということには違いないので、ベテランなりの言い回しなのだろう。
「まあ、あれだ。頼まれるのには慣れているから、気を使うな」
「ゴン」
「なにかあるなら話せ。お雪にとっては難題でも、俺にとってはそうとは限らん」
ゴンにとっては難題じゃない、か。
ゴンはわたしが話しやすいようにと、諭すようにゆっくり話してくれる。
「実はね、ゴンを両親に紹介したいんだ」
「俺を?」
「恋仲として」
「あっはっはっ!また随分と拗れているなあ!」
おもむろに口を開いたわたしに、ゴンはいつもの調子で返してくれた。
「嫌じゃないの?」
「む?妹に男がつくのを嫌がりそうなのは、晴の方だと思ったが」
違いない。
わたしは肩を竦めて頷いた。
「つまり、俺はお雪のご両親に『お雪を嫁にください』と言えばいいんだな?任せろ!」
「ぶふっ!」
思わず噎せた。こんなんばっかだ。今度は水を噴出すところだった。
間違ってはいない。間違ってはいないが、いざ言葉にされてみると気恥ずかしいが過ぎる。あれ?そういえば自分が恋愛経験ゼロだったの忘れてた。わたしこれ当日大丈夫?
俯いて悶絶していると、ゴンはわたしが悩んでいると勘違いしたのか頬を掻いてからこう言った。
「まあ、晴に知られたら蹴り殺される思って言わないつもりでいたが―――」
「!?」
内緒話のように耳元で囁かれた言葉。ぶわっと顔が熱くなる。
それはわたしをショートさせるには十分な威力だった。
「ああ、その顔の方がずっといいな!」
「な、あ……っ」
「じゃあ勘定してくる!」
社交辞令だ向こうは仕事だ落ち着けと、自分の心臓に言い聞かせる。
普段から直球だなと思ってはいたけれど、もう少し言い方を考えて欲しい。こんな言葉言われましたなんて兄さんに言えるわけがない。いや、自分の口でとても言えない。
『お雪が嫁にくるというなら、いつでも大歓迎だ』
「無理だな当日恥ずかしさで死ぬかもしれない」
ゴンより自分の心配した方がよさそうだ……。
わたしは、今度こそテーブルに突っ伏した。