経験者の話は心に留めておくのが吉(2)

木曜日の朝。
予定通りゴンを大学に連れて行くことになった。

問題は大きく二つある。
ひとつ目は、ゴンと電車に乗ること。
昨日のエスカレーターのようなことが朝のラッシュで許されるわけがない。

「今日は、昨日行った駅から電車っていうものに乗るから」
「でんしゃ」
「鉄の乗りもの。凄い速さで目的地まで行くの。電車の乗り場は、朝は人が多いからくれぐれもはぐれないようにね」
「あい分かった」

真剣なわたしの表情に感化されたのか、神妙な面持ちで頷くゴン。
この調子なら大丈夫だろう。

続いてふたつ目の問題。ゴンとキャンパスに入ること。
これはゴンにというより、わたし自身に問題がある。

うちの大学は学食が有名というわけでもなし。特別景観がいいわけでもなし。学生以外の人が行ったり来たりしているところをほとんど見たことがなかった。
私自身も、外部の人と入ったことがないので、どうしたらいいのか勝手が分からない。

そこでわたしは、事前に確認を取ることにした。

『茜、今日レンタル武士を大学に連れて行こうと思って。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、今いい?』

チャットで連絡を入れたはずなのに、案の定友人は電話を返してきた。

「雪!今日、レンタル武士を大学に?」
「うん。それでね、茜。確認なんだけど、確か図書館と食堂って一般の人入れるよね?」
「ええ、入れますわ。図書館の入館は手続きがいるはずですけれど。食堂でしたらいつでも解放されています」
「大学の入り口で身分証チェックされるかな」

入学した当初。
入口で生徒証を確認されたことを思い出して聞くと、茜は笑って言った。

「そんなもの!朝の生徒ラッシュに紛れちゃえばへっちゃらですわ!」
「そんなもの……?」
「なんだったら授業だって一緒に聞けますわよ。席順が決まっていない大教室の授業でしたら目立ちませんし」

あっけらかんと言ってのける茜。
わたしは幾分か拍子抜けしながら、昨日のことを思い出していた。

茜は目立たないというけれど、本当に大丈夫だろうか。
お店に入るたびに、ちらちらと視線を向けられていたゴン。長身のイケメン。武士と言わなければ誰も武士だと思わない。特に女性は必ずと言ってもいいほど振り返っていた。

「いや、駅前でも目立ってたよ?」
「それは和服だからでしょう」
「洋服着てもらってた」
「ちょんまげですし」
「ロン毛だよ」

やはり。
茜の想像とはかなり違っていたようで、スマホの向こう側が沈黙した。おーい。

「お会いしたいですわッ!!」
「っ?!」

悲鳴に近い声量だ。耳に刺さった。

どうやら茜の脳内で、私服ロン毛の現代ver.武士が無事に構築されたらしい。興奮した声色で「現パロですわね!」って聞こえた。ちょっとよく分からない。

「ぜひお連れしてくださいませ!わたくしがなんとかいたします!」
「……あと25分後にね」
「改札で待っていますわね!」
「は?改札?」
「早く!お会い!したい!のです!」

あ、はい。
こちらの返事を聞く前に、ブツッ!と切られた通話。わたしの頭の中には新たな疑問が生まれる。

ゴンがイケメンで目立つことを、茜がなんとかできるものなのかな。

「お雪、いつまですまほを見ている?だいがくに遅刻するのではないか?」
「あ!うん。行こう」
「応!」

わたしは、ゴンに急かされて家を出る。

それからというもの。
駅で切手を買うのにゴンが押すボタンを間違えてしまったり。人波にのまれてゴンが反対側のホームに流れてしまったり。別の駅で降りそうになったゴンを慌てて車内に引き戻したり。

約束の時間に大学前の駅の改札を出ることができたのは、本当に奇跡だったと思う。当の本人(ゴン)はというと。

「驚いた。電車というのは馬より速い!人混みさえなければ最高の乗り物ではないか!」

電車の速さに甚く感動したようだ。エスカレーターでは終始目を輝かせながら語り続けていた。
気に入ってくれたなら何よりだ。

「雪ー!」
「茜」

出口で待っていた茜が、わたしに向かって手を振る。
わたしはゴンを連れて茜の元に向かった。

「こちら、レンタル武士のゴン」
「茜殿ですな。お雪から話は聞いております。柳田権左衛門と申します」
「ヒュッ」
「茜?!」

5-1挿絵

「おっと。大丈夫か」
「!……きゅぅ」

鼻血を噴いて倒れた茜を後ろから抱き留めたゴン。ゴンが顔を覗き込むと、茜は顔を真っ赤にして目を回してしまった。

ゴンが困ったようにこちらを振り返る。そんな顔をしないで欲しい。今回含め、茜の様々な挙動言動に驚かされるのはわたしも同じだ。
とりあえず。

「学校の保健室、行こうか」

このままだと改札口が血溜まりになりそうだ。

まず、ゴンは気絶した茜を横抱きにして、朝の生徒ラッシュのど真ん中を駆け抜けた。さすがに目立ったけど、構内に入る目的は果たした。

次に、わたしはゴンを保健室に送り届けてから、警備室に向かう。「友人が倒れているところを助けてくれた人に渡す」と言って難なく入館証を手をゲット。……あれ?わたしが茜に相談した問題、さらりと解決してるんじゃない?

「わたくしにお任せくださいと言いましたでしょう」

保健室に戻ってみると、鼻にティッシュを入れた茜がドヤ顔していた。「本当かよ」と思ったけど、そういうことにしておこう。

「それにしても権左衛門様。雪からお話を聞いて素敵な殿方だとは思っていたのですが、わたくしの想像を遥かに超えた長身のイケメンで!」
「は、あ」
「おまけにイケボって!神は二物も三物もお与えになりますわねー!」

茜がゴンにずずいっと寄っていく。ゴンは、寄られた分だけ後ずさる。

これは素直に驚いた。ゴンがついていけないってかなりの希少絵図。
母さんや兄さんと話すときはもちろん、普段は声上げて笑っている癖に、今は笑顔が張り付いてる。

「そうだ、ゴンこれ」

そう言って入館証を差し出しただけなのに、まるで天の声でも受けたかような顔でゴンがこちらを振り向く。どうした、何がそんなに必死なの。

「これ、入館証。この建物にいてもいいよっていう証。首からかけて見えるようにしておいてね」
「分かった!」

ゴンが入館証を首にかけるのを見て、茜は感極まった表情で口元を押えている。

「首輪ですの……?!」
「「は?」」
「ああ、気になさらないで!イケメンでわんこ属性!しかもクールな姫にお仕えする一途な武士と!主人は独占欲が故に武士に首輪を渡すとかまじ最高!とか思っているだけですわ!」
「これ、首輪なのか?」
「違う。
それとも武士は主から首輪もらって嬉しいの?」
「ないな」

お互い持っていない趣味を擦り付けるのはやめよう。
そもそも首輪渡す主人に仕える武士がいたら、それは単なるマゾじゃん。ドン引きだよ。

暴走する茜の声が響いたのか、カーテンの向こうから保険医さんが顔を出す。

「橋本さん、保健室はお静かにね」
「あら。わたくしったらつい。失礼致しました」
「坂下さんは、そろそろ授業始まるんじゃない?」
「あ、そうだ」
「ではわたくしも」
「こらこらこら。橋本さんは半休。最低、1限と2限は休みなさい」
「そんな……!」

立ち上がろうとした茜だが、保健医さんに首根っこを掴まれて悲鳴を上げる。

「無念ですわ!せっかく理想男子の権左衛門様のお顔を隣で眺める講義を受けられると思いましたのに……!」
「あれだけ鼻血出したんだから当たり前だよ。ノートは取っとくからよく休んでて」
「ううう、仕方ありませんわね」

がくりと肩を落とす茜。
可哀そうだけど仕方ない。ゴンを眺めたくて眺めたくて半ば恨めしそうにこちらを見てくるけど、わたしにそんな目をしてもこればかりはどうしようもないってば。

わたしがなかなか動かないのを見て、ゴンは少し考えてからポンと手を打った。

「それなら俺が茜殿をみておこう!」
「へ?」
「さすればお雪。安心して勉学に励めるであろう!」

さも凄いだろうって感じで胸張ってるけど大丈夫?
ついさっきまで茜の勢いに笑顔張り付いてたのどこの誰?
あなたさえついていけない勢いを持った元凶(茜)が、目をキラッキラさせてるけど本当にいいの?

「……じゃあ、任せる」
「応!任された!」

ドンと自分の胸を叩くゴンと、背中に満開の薔薇を背負ってうっとりとした笑顔を浮かべる茜。

午前中の講義終わったらすぐに合流しよう。
わたしは固く決意をして、1限目の教室へ向かった。

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