経験者の話は心に留めておくのが吉(3)

わたしは授業を終えて、構内のコンビニに寄った。メロンパンと飲むヨーグルトを手にして、レジに向かう。

『食堂で待っていますわ』

茜のメッセージに了解の返事をして、歩くスピードを上げた。

学生食堂は中央棟にある。賑わう食堂をぐるりと見渡した。
食堂は吹き抜けになっており、1階と2階部分に座席が用意されている。
1階で食券を買って、厨房で料理を受け取り、好きな席で食べる。最近はテラス席も増えて、天気がいい日は、外で食べる人もいる。

「さて、ゴンと茜はどこにいるかな」

茜は地毛だという金髪が目立つし、ゴンは存在自体が目立つ。見つかるはずだと目を凝らした。

「いた」

2階の席で談笑しているふたり。
ゴンの笑みに引きつったものは感じない。いつも通りの笑顔だ。茜も嬉しそうに微笑んでいる。仲良くなっているみたいでよかった。懸念したような事態ではないようで、ほっと胸をなでおろした。

「うーん、お邪魔かな」

なんかいい雰囲気だし。
茜、ゴンのこと眺めていたいって言っていたよね。わたしは腕にぶら下げたコンビニ袋を見下ろして踵を返す。

「パンは買ったし。席は分かったし。食べてから合流しよう」

よし、そうしよう。頑張れ茜。存分にゴンを堪能するといいよ。わたしは久々にゆっくりとお昼を食べることにします。

「……き、おゆきー!!」
「ん?」

空耳だろうか。
空いているテラス席を探しに行こうとしたら、ゴンの声が降ってきた。

「おーゆーきー!!」

空耳じゃなかった。振り返って2階を見上げると、ゴンがこちらに向かって両手を振っている。あろうことか茜も手を振ってくる。

止めて茜。ゴンと一緒にならないで。お願いだからゴンを止めて。

「俺はここにいるぞォオオー!!」

知ってるよォオオー!
やばい。ゴンの声に、食堂がざわつき始めた。
立っている学生。食事をしている学生。彼らの好奇の視線が次々とわたしに集まる。

「おーゆーきー!!」
「っ!分かった!行く!行くから!」

食堂中の視線から逃げるように階段を駆け上る。
最後の階段を踏んだその時。わたしの目の前には、広げた両腕が待っていた。

「お雪!」
「うわあっ!?」

走る勢いを殺せるはずがない。
わたしは、待ち構えていたゴンの腕の中に飛び込んでしまった。

「なにこれ……!?」

冷やかす声やら、生温かい視線を感じる。
とてもではないが、顔を上げられない。穴があった入りたい。

夢だよね。夢だって言ってくれ誰か……!
縋る気持ちでゴンの服を握りしめると、誰かがそっとわたしの肩に手を置いた。

「もう1回!今のもう1回お願いしますわ!」

茜だ。瞳をきらきらさせて極上の笑みを浮かべている。
茜さん、その手に持ったスマホはなにかな。カメラ機能が起動しているけれど、なにをする気なのかな。

「任せろ茜!よし、お雪!もう一度だ!」
「絶対嫌だ」

断固拒否するわたしの態度に、しょんぼりするふたり。
良心が痛むが、ここは毅然とした態度で臨むべきだ。流されてはいけない。

どんなやりとりがあり、なぜこうなったのかは知らない。だが、今後ゴンと茜を絶対にふたりにしてはいけないと心に刻んだ。

わたしはふたりに案内されて、席についた。メロンパンの袋を開けて、かりっとしたパンの表面を齧る。ゴンがじとりとこちらを見ている。

「先に茜がお雪に気付いたんだ。こちらを見ていたのに、どこか行こうとしていると聞いたぞ。どこに行こうとしていた」
「ふたりが話していたから、邪魔にならないように外で食べようかなって」
「邪魔?俺たちはお雪を待っていたんだぞ」
「食べてから合流しようと思ったよ」
「やっぱり飛び降りて捕まえた方がよかったのではないか、茜」
「そのようですわね」
「なんでそうなるの?!」

頬に手を当てて同意する茜。「本当に困ったこと」と言われてしまった。困ったのはふたりの方だよ。とんでもない醜態をさらしたわ。

「お雪」
「は……、むぐっ?!」

返事しようとすると、突如として口にスプーンが放り込まれた。
恐る恐る咀嚼すると、スパイシーな香りが鼻をつく。

「カレー?」
「どうだ、うまいか?」

わたしは、こくこく首を縦に振る。

なるほど、ゴンは学食でカレーを注文したんだ。メロンパンじゃなくて、カレーパンにすればよかったかな。食べかけのカレーを見ていると、食欲が刺激される。
空腹加減と食欲を天秤にかけるわたし。そんなわたしの様子に、待っていましたと言わんばかりにゴンが席を立った。

「ではお雪の分も買ってきてやろう!」
「え?」
「それだけでは腹が膨れまい。
ああ、案ずるな。茜から食券の買い方は教えてもらったから大丈夫だ。待っていろ!」
「ちょっと、ゴン!?」

言うが早いや、ゴンは階段を駆け下りる。あっという間に生徒に紛れて見えなくなってしまった。

「うふふ。雪ったら。愛されていますわね」
「いや、愛すもなにも。レンタル武士だって知っているでしょ」

含み笑いをする茜に、わたしは肩を竦めた。
ゴンがわたしに優しいのは、レンタルされているからだ。お客さんに優しいのは当然のことだと思う。

「全く好意がないのに、あんなにサービスしませんわよ」
「今こそあれだけど、初対面では刀向けられたんだからね」

そうだ、わたし初対面で押し倒されて刀を突き付けられた。

今思えば過剰サービスの一環かなとも考えられる。それにしてもやりすぎだ。兄さんが動じない人でよかった。普通の人が相手だったら、初日に通報されていたかもしれない。
茜は、こてりと首を傾げた。

「あら、ゴンさんは木刀も使うのですか」
「木刀?真剣でしょ」
「真剣?いいえ。木刀でしょう」

おかしい。茜と話が噛み合わない。
向こうもわたしと同じように感じているようで、困ったように頬に手を当てた。

「わたくし、武士さまから直接伺ったのです。格好をつけるために木刀を腰に差すことがあると言っていましたわ。真剣を持ち歩いているレンタル武士はいないと聞きました」

ごくりと喉が鳴る。

茜の情報に基づくと、ゴンが真剣を持っていたことに説明がつかない。床に突き刺さっていたアレは、間違いなく真剣だった。見間違えることはない。

脳内で黄色信号が点滅する。これ以上考えてはいけない気がする。
わたしは迷ってから、ゆっくりと言葉を選ぶように口を開いた。

「ねえ、茜。知ってたらでいいんだけど」
「はい」
「真剣持ってるってヤバイ?」
「どの方面でヤバイ、ということでしょうか」
「警察に捕まるとか」
「登録証が交付されていれば所持できますわ。ただ、持ち運ぶのは相当の理由がないと銃刀法に引っかかるはずです」
「ちなみに、レンタル武士だから真剣持ち歩くっていうのは」
「主婦だから包丁持ち歩いてるって感じでしょうか」

ないな。

(じゃあどうしてゴンは真剣を持っていたの?
護身用?仕事のための役作りのため?それとも他に何か―――)

「雪?」

茜は、心配そうな顔でわたしを見つめる。膝の上でぎゅっと拳を握りしめた。

それは無意識のうちに考えまいとしてきた疑問。

『ゴンは一体何者なのだろう』

初めて会ったときに感じた悪寒。ゴンの冷たい瞳が頭を過ぎる。あの目はまるで本当に人を―――

「お雪!」
「っ!?」

後ろから肩を掴まれて、咄嗟に振り返った。

ゴンだ。
わたしの表情を見て、驚いたような顔をしている。だが、すぐに困ったように微笑んだ。

「案ずるな。お雪には何もしない」
「あ……」
「だから、そんな顔をしてくれるな」

心臓が締め付けられるように感じた。

なんでゴンはそんな哀しそうな顔をするの?わたしは一体、どんな表情(かお)をしている?

確かに疑った。最悪を考えて恐くなった。でも、違う。わたしはゴンにそんな顔をさせたいわけじゃない。本当のことが知りたかっただけだ。
困惑するわたしに対し、藍色の瞳が静かに語り続ける。

案ずるな、と。

「ゴン、わたし」

―――カシャッ!

わたしが身を乗り出すと同時に、シャッター音が割り込んできた。
例のごとく、茜がスマホを構えている。

「もう1回!今のもう1回お願いしますわ!」
「茜……」
「ぶふっ、あっはっはっは!」

マイウェイを走る茜と、呆れるわたし。笑い出すゴン。

見事にぶち壊してくれた茜さん。この空気、一体どこから修復すればいいんだろう。
わたしは脱力して、椅子の背もたれに寄りかかる。途方に暮れるわたしの鼻先を、スパイスの香りがくすぐる。ゴンはニッと歯を見せて笑った。

「お雪、どうする?もう一度やるか?」
「嫌だ」

今はもう少し、このままで。

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