中学生の頃に通った小道を大人になって探してみた話

わたしが中学生の頃。
当時、インターネットは今ほど使われていない。なんだって、スマホが普及する七年前だ。「パソコン」も「ガラケー」も持っている人は稀で、友達との連絡手段は家電(いえでん)が当たり前だった。

家に帰っても宿題、遊びと言えばゲームと漫画、小説。家にいるより、外で遊ぶ方がうんと楽しい。
わたしにはいつも一緒に帰る友達がいて。彼女と寄り道をしながら家に帰っていた。

わたしが通っていた学校は山の上にあった。
わたしたちの遊び場は、その裏山の大きな公園だった。公園内には、墓地、美術館、博物館、動物園、並木道。中学3年間もあれば端から端まで知るには充分な広さだった。

さて、公園の下には池があり、下に降りるには緩やかな並木道を通るか、人々が使う整備された階段を降りる必要があった。しかし、中学生の好奇心とは恐れを知らないもので。

(もっと楽できないかなー)

あちらこちらと、人が知らない抜け道がないか探し回っていた。

その時である。
わたしたちは、大きなお寺の脇に小さな道を見つけた。人が横並びに5人ほど通れる幅だった。
土が固まっていることから道であると分かった。その先には小さな神社があり、きつねさまが一匹だけちょこんと立っている。

きつねさまの脇を抜けると、なんと下に続く階段があるではないか!

階段は石畳で出来ていた。
高さはさほどないのに、一段の幅が広い。中学生の歩幅で2歩。降りながらやきもきしたのを覚えている。わたしたちの機嫌を取るかのように、左右に生茂る木々がさわさわ揺れた。木陰が運んでくれる風のおかげで、夏はとても涼しかった。

「こんなに涼しい道ならもっと人がいてもいいのにね」

この階段を使う人はほとんどいない。登る人を稀に見る程度。降りる人はわたしたちしかいなかった。

なんだか秘密の道みたいでわくわくする。
それから卒業するまで、わたしたちは度々この道を通って池に出た。

10年後。
訪れた公園はすっかり様変わりした。古い小さな遊園地があった場所は複雑な形をしたオブジェが鎮座し、昔懐かしい屋台の代わりに子綺麗なショップが立っている。

わたしは例の道を探した。大きなお寺の脇の小道。

「……ない?」

お寺はあるのに、道がない。いや、まさかそんな馬鹿な。
小道の先には神社があった。よもや、神社を取り壊すなど罰当たりなことを日本人がするだろうか。わたしは、ショップの店員さんに訊ねた。

「ここら辺で神社といったらあそこね」

指差された先を見て落胆した。そこは、いつも人が多いから避けていた道だ。探しているところの特徴を告げても皆が皆、首を傾げる。

「そんなところはない」

新しくなったから、みんな昔のことを知らないだけだろう。
わたしは下から探すことにした。池の方に回って山をぐるりと回る。

「ない……」

そんなはずはない。
木々が開けている場所があるはずだ。広い階段の真ん中には手摺りがついていて左右に分かれていた。何度もグリコしながら降りた階段。

しかし、いくら探してもあるのは整備されたコンクリートの階段だけ。昔ながらの幅が広い、苔色の階段はどこにも見当たらなかった。

途方に暮れて山を見上げるわたしに、ひとりのお婆さんがどうかしたのか尋ねてくる。

「あの、ここに昔、石畳でできた広い階段ありませんでした……?小さな神社に続く」
「さあ。わたしはここに嫁に来て長いけど、そんなところは知らないねえ」

ひゅっと喉が鳴る。
「大丈夫?顔色が悪いわよ」とお婆さんが心配そうに顔を覗き込んでくる。わたしはお礼を言って、足早に公園を後にした。

(じゃあわたしの通ってきた道は?降りてきた階段は?一体何だったの?)

あの日の彼女に聞こうとロックを外したスマホ。しかし、SNSをタップする手が止まった。

「そんな場所あったっけ」

そう返されたらどうしたらいい?
途端に恐くなり、わたしは震える指をぎゅっと握り込む。スマホの画面は力なく消灯した。

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