転移先でスライムを倒して勇者になったアラサー女子が年下王子に看病されるお話

これは夢か。遂に熱に浮かされたのか。

「勇者よ。さあ、口を開けよ」

普通に生きていたら絶対会うことがないであろうやんごとなき身分のお方が、わたしの口元にスプーンを持ってくる。

「遠慮はいらぬ。王室の薬師に煎じさせた薬だ。飲め」

風邪を引いたわたしの世話を甲斐甲斐しく焼いてくれているのは、王位継承第一位の王子。御年14歳。

「タオルが温かくなってしまったな。そろそろ変えようか」

(この人、本当に王子なのだろうか)

随分と手慣れている。女勇者であるわたしが王子の看病に身を任せている理由は、かれこれ4年ちょっと前に遡る。


わたしはこの世界の人間ではない。
元々、アラサーのOLだった。学生の頃に付き合っていた彼氏とは、社会に出て別れた。お互いの予定が合わない日が増えたことで自然消滅。
愛とか恋とか、その前に納品と残業に追われて気付いたら30代。

その日も、残業を終えて帰宅した。
玄関で倒れ込むように眠って、目が覚めたら森の中。

「どうしろと」

知らないうちにサバイバル空間に放り出された。
鞄の中には、化粧ポーチやスマホの代わりにナイフや寝袋、食べ物、水筒、救急用具などサバイバルキッドが入っている。財布の中には、見覚えのない通貨。

傍を流れていた川を覗き込んで、わたしは目を剥いた。

「わか、い……?」

若返っていた。
肌がつるつるだ。この具合は高校生くらいだろうか。ちょっと嬉しかった。

1日寝て起きても状況は変わっていなかった。こうなったら、腹括って生きるしかあるまい。

社会に出てからろくに休みもなく、有給は使うことなく消滅していた。それがどうだ。万年休みじゃないか。そうだ、どうせなら思いっきり楽しもう!
こうして、わたしのセカンドライフが幕を開けた。

思考の転換は偉大だ。
森を抜けるために川沿いを歩いていると、冒険者パーティーと出くわした。記憶喪失を装って、情報を頂戴し、街まで一緒に旅をした。

やばい、冒険者って楽しい。
元の世界で食べたことのない美味しい料理。土地特有のフルーツ。見たことのない綺麗な草木。

魔物を倒した後にドロップする宝箱も楽しみのひとつだった。
武器や宝石、アイテム、何が入っているか分からないドキドキ感。スライムからドロップした宝箱に勇者の剣が入っていた衝撃は、一生忘れないと思う。

「勇者の剣は、拾った人にしか使えないんだ」

冒険者パーティーのリーダーの一言で、わたしは勇者になることが決定した。

4年間。4年間だ。わたしは勇者としてトンデモナイ生き物たちと戦い続けた。龍、蛇、オーガ、ドラキュラ、セイレーン、悪魔、ケンタロス、etc。
本当は冒険者としてギルドに登録したかった。お金がなくなったら依頼をこなして、気ままに世界中を旅し、この世界の美味を味わいたかった。

なんで勇者の剣を拾ってしまったんだろうわたし。
これではなにも変わらない。社畜人生が、討伐人生と名を変えただけだ。「勇者」という箔が着いただけだ。そんな箔いらない。休みが欲しい。

今日も今日とて、ギルド経由でアーベント王室直下の騎士団長から依頼を受けて討伐に向かった。
Aランクの地龍が目を覚ましたという。朝から少し身体がだるかった。ヒーラーに頼んで術をかけてもらった。身体は軽くなったが、頭がぼうっとする。思考にかかる霧を振り払い、目の前の敵を見据えた。

風邪を引こうと熱があろうと、動ける限り仕事はする。

日本で染みついた社畜精神で、地龍を倒すまでは意識を保つことができた。
ところが、ドロップした宝箱の中身を回収したところで足に力が入らなくなった。やばい、と思ったときにはもう膝を折っていた。

「勇者様!」
「勇者殿!」

ヒーラーと騎士団長の声が聞こえたと同時に目の前が真っ暗になった。


目を覚ました時には、天蓋付きのふかふかなベッドの上だった。
ベッドの脇にいたヒーラーは、「わたくしが身体を張ってでも御止めすればこのようなことには……!」とわんわん泣いていた。彼女は、最初に出くわした冒険者パーティーの一員だった。勇者となったわたしが心配だからと、パーティーを抜けてずっと付き添ってくれる彼女に感謝こそすれ責めることはあり得ない。

「大丈夫だよ」

声が掠れた。心配をかけまいとしたのに逆効果だった。

「王子様に報告して参ります!」

メイドさんに目配せして、ヒーラーは部屋を出て行った。

(……ん?王子?今、彼女、王子って言わなかった?)

まだ熱があるのだろうか。遅れてやってきた思考に、内心首を傾げる。
わたしはベッドに手をついて、身体を起こした。メイドさんが慌てて駆け寄って支えてくれる。

部屋は白を基調にしていた。床は大理石。塵ひとつ落ちていない。
今いるベッドといい、クローゼットといい、インテリアは一等品。壁にかけられている絵画や壺もかなり高価なものだろう。特に、あの壺。海沿いの国で見たことがある。ギルドの奥に用意されている要人用の客間に置いてあったもので、ギルド長曰く日本円にしてうん千万円すると言っていた。

「ひとつ伺いたいんだが」
「はい」
「ここは、どこだ」
「アーベント王室のお城です」

メイドさん曰く、こうだ。
地龍討伐後、高熱で意識を失ったわたしはそのまま救護室へ運ばれた。
そこにたまたま第一王子が通りかかり、女勇者と聞くと即刻客室に移すように指示を出したそうだ。

「かねてより、第一王子は、女勇者様の評判と伝説の数々に、強いご関心を抱いておいででした」
「ひょ、評判?伝説……?」
「はい。誰よりも強くありながら奢ることなく常に自らを律し、無欲で、困っている人には水一杯で手を差し伸べる心優しい方だと」

……それは、アクアラインの地を訪れた時に、特別な水をもらったことが誇張されているのだろうか。
「しゅわしゅわしている甘い水が飲めるの?!めっちゃ楽しみ!え?巨大魚の討伐依頼料?いらないいらない!水でいいです!」って言ったあれか?

「小柄でありながら、振るう剣先は地を砕き、天を裂いたと」

…………それは、雷獣と戦ったときのことだろうか。
地面を砕いたのは、雷獣の前足だ。わたしは、剣を雷獣の前足にぶっ差しただけ。痛みにキレた雷獣が、天から稲妻落っことした。結局、雷を吸収した剣が逆稲妻を放ったため、天が裂けたように見えたんだろう。実質、わたしは何もしてない。

「女勇者様と会うことがあれば、ぜひその時の話を伺いたいものだとおっしゃっておりました」

帰りたい。
人間、知っておいた方が幸せなことと、知らない方が幸せなことがある。今回は間違いなく後者だ。憧れは憧れのままにしておいた方がいい。

「あの、わたし用事を思い出したのでそろそろ」
「勇者よ、目が覚めたのか!」

言い終わるより早く、部屋の扉が開け放たれた。
金髪碧眼のテンプレ美少年が、その整った顔に憂いを湛えて入ってくる。ベッドの脇にある椅子に腰を下ろし、わたしの額にそっと手を当てた。

「ふむ、熱は少し下がったな。まだ微熱はあるようだ。さあ、横になれ」
「いえ、せめてごあいさt」
「そなたは、今病人だ。寝ていろ。挨拶など、朝でも昼でも夜でもできる」
「わたし、実は用事があって」
「キャンセルだ。王子の「休め」という命令より大事な用事はこの世にない」

すげぇ、この王子。人の話聞かない上に俺様だ。救いようがないやつだ。今すぐお暇したい。

しかし疲れ切った身体は正直なもので。
言われるままベッドに横になったら、再び睡魔に襲われた。


そして、今。

「よし、熱は下がった。身体はどうだ。だるくはないか」
「はい。随分よくなりました」
「明日には動いても大丈夫だろう」

後ろに控える薬師から薬を受け取り、わたしの口に運ぶ王子。
自然と口を開けてしまった自分を殴ってやりたい。熱が引き、思考もクリアになってきた。いい加減恥ずかしい。というか、恐れ多いにも程がある。

「あの、王子」
「なんだ」
「薬は、そろそろ自分で飲めます」
「む……、そうか」

しょぼんとされた。謝りたくなるレベルでしょぼんとされた。

「い、いえ、あの……あまり王子の世話になるのも……」
「わたしは気にしないし、むしろ世話したいのだが」

退路が断たれた。貴方が気にしなくてもわたしが気にする。気付け、薬師さんの温かい視線を。世話したいってなんだ。
どうやって言い逃れようか言葉を探している私に、王子は上目遣いで悪戯っぽく笑った。

「なんなら、もう一度風邪引くか?」
「嫌です」
「はははっ!冗談だ。さ、あーんしろ」
「……それはご命令で?」
「お願い、だ」

天使のような見た目の年下王子は、人の話を聞かない俺様で。ちょっぴり小悪魔でした。

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