転移先でスライムを倒して勇者になったアラサー女子が年下王子に餌付けされるお話

アーベント王室のお城に世話になること10日が経過した。
熱もすっかり下がった。鈍った身体を動かすために、今は騎士団の訓練に参加している。元はOLとはいえ、4年も人ならざる者と戦っていれば一般人よりは動けるようになる。現場の叩き上げをなめてはいけない。

「勝者・女勇者!」

組み手で屈強な男から一本取ると、わっと歓声が上がる。

勇者の剣よりは軽いものだ。アレを一人で持ち運べるようになるまで、実に1ヶ月を要した。
見つけたばかりの頃、一緒に運んでくれたのは、最初に出くわした冒険者パーティーのリーダー。「なんで俺がこんなことを」と泣いていたが、泣きたいのはわたしの方だった。勇者への道を否応なく歩まされた身にもなれ。肩の剣の重みで身も心も未来も地面に沈みそうだったわ。

「これでも騎士団の中では力がある方だと自負していたんだが。まだまだ足りねえってことか。ありがとよ、次も頼む」
「こちらこそ」

組み手をした相手から差し出された手を握り返した。

爽やかな笑顔と向上心が眩しい。きっとわたしの知らない、彼なりの苦労があったのだろう。王室直下の騎士団に入るというのは、コネでもなければ並大抵のことでない。
私自身も、あのときスライムを倒していなかったらこんなところにいないだろうな。

「勇者様、王子様がお待ちでございます」
「ああ、今行く」

老年の執事が頭を下げる。
わたしは、騎士団長にお礼を言って訓練場を後にした。


「あの、王子……」
「なんだ」
「手くらい自分で洗えます」

大広間で待っていた第一王子は、やってきたわたしを見るなり、水の張った洗面器を用意させた。そして、わたしの右手を取って水に浸し、王子自ら擦り始める。

「わたしが洗いたいのだ」

泡を立てて、指一本一本、爪の先まで念入りに洗われるとはこれ如何。勇者の手の平なんぞマメがあって硬いし、甲には傷がある。お世辞にも柔らかいとも綺麗とも言えない。その手を洗いたいとは一体。しかもなぜ右手。

困惑を隠せないわたしに、王子はぽつりと零した。

「騎士団員の男と手を繋いだろう」
「握手は、しましたが」
「……」

訂正したら、形のよい眉を僅かに寄せただけで無言を返された。
14歳とはいえ、わたしより頭ひとつ分高い背丈。端正な顔には、若干の幼さが残る。
横に結んでいる口先は小さく尖っているようにも見えた。

(もしかして拗ねてる?)

かっわい、……いやいやいや。一瞬でも、胸がぎゅんっとしたピンク思考のわたし、ちょっと面貸せ。
相手は一国の第一王子だぞ失礼が過ぎる。中身いい歳して完全にイタイ思考だ。落ち着け。

王子から視線を反らすと、老年の執事と目が合う。彼は、眉を下げてバルコニーを指した。
つまり、なんだ。4階のバルコニーから訓練場見下ろして、わたしがどちらの手で握手したかまで見ていたということか。どれだけ勇者に憧れていたの。

「よし、これくらい洗えばいいな」

満足されたらしい。
ふわっふわの柔らかいタオルで、そっと拭われた。もうされるがままだ。あまりにも丁寧に扱われるので、自分の右手がなにやら高価な陶器のように思えてきた。

「さあ、食事にしよう。セバスチャン」
「ご用意致します」

老年の執事・セバスチャンと呼ばれている彼は、王子が広間の中央の長テーブルに座れるよう椅子を引いた。わたしも傍にいたメイドさんに案内されて、王子が着席した向かい側に腰を下ろす。わたしたちが席に着くと、すぐに料理が運ばれてきた。目配せひとつなかった完璧な連携術は、何度見ても感嘆の息が出る。

わたしをもてなしたいという王子の心遣いにより、日替わりで各地の料理が振る舞われている。今日は、山に囲まれた地方・マウンタリーの料理だった。

「この地方はきのこや山菜が多いのだったな」
「左様です。此度は、マウンタリーで人気の料理であるクリーム和えをご用意しました。パスタ、ライス、パンどちらとも合います。好みの方法でお召し上がりください」
「うむ」

きのこのクリーム和えに舌鼓を打つ王子に、料理長が恭しく頭を下げる。

王子はパンに、わたしはパスタにクリームをかけた。
きのこのクリームパスタ。美味しい。パスタに絡みつく濃厚なクリームは、マウンタリーにある有名な牧場のミルクを使っているらしい。きのこも歯ごたえがってあっていい。噛んだ時にじゅわと滲みる、きのこの濃い味も好き。

ここ数日王宮の料理を食べているが、外れがない。どれも美味しい。

王子がナプキンで口元を拭う。

「勇者よ、味はどうだった」
「とても美味しかったです」

そう、とても美味しい。
自分が勇者で、世界各地を回って討伐依頼をこなさないといけない立場であることをうっかり忘れてしまうくらいに美味しい。

「王子、実はお話が」
「そなたがマウンタリー地方で大量発生した山亀たちを駆除しようとした住民たちに対して、山亀たちを生かすために昼夜問わず彼らの住処を探し続けたという話か」

わたしより、わたしのことに詳しんじゃないのかこの王子。

勇者に来た依頼は、山亀のボスを倒すというもの。大量発生を止めればいいため、ボスを仕留めるのが手っ取り早いだろうという住民たちの意向だった。

ところがこのボス、実は子持ちで。
闘いのさなか、子どもの亀を守ろうとする親亀を見たら、自分を生んで育ててくれた両親を思い出してとても攻撃できなかった。代わりに、彼らが住んでも問題なさそうな水辺を探すことになった。そのお礼にと、亀からオススメのきのこを教えてもらい、住民たちが家庭料理を振る舞ってくれた。懐かしい思い出である。

「いえ、それではなく。自分、そろそろお城を出ようと思います」

そろそろ旅立つ頃合いだ。
体調も戻った。動きは本調子ではないが、現場に出れば感覚も戻るだろう。
いつまでも王子の元でタダ飯とはいかない。昨日、ヒーラーがギルドに確認を取ったところ、勇者宛ての依頼も来ているという。仕事を溜めたら後がしんどくなることは、身に染みている。

「王子には大変お世話になり、なんと感謝申し上げたらよいか」
「ならば、行くな」
「……はい?」
「感謝しているというならば行くな」

一瞬、何を言われているか理解できなかった。
スカイブルーの瞳にじっと見つめられ、心臓が跳ねる。心の奥を覗き込まれるような視線だった。勘弁してくれ。ここで目の前の人を説得できなければお城から出られないような、そんな予感がビシバシしてきた。

プレゼン先で、パソコンをセットしたのにUSBメモリを忘れてきたような心地がする。わたしは、大きく息を吐いてから王子を見据えて言った。

「改めて言わせてください。王子が看病してくださり、こうして寝食を与えてくださったことありがたく思います」
「構わん。わたしがしたくてしたことだ」
「けれど、それとわたしがお城を出るかとは別問題です。わたしは勇者ですから」
「……」
「いろいろな地方を赴き、依頼をこなすのが仕事です。一か所に留まることはできません」

わたしの話を聞いた王子は、視線をそのままに深く腰掛けた。

「他に理由はあるか」
「他?」
「そなたが勇者であり、依頼をこなすため以外に城を出る理由はあるか」

豆鉄砲を食らった鳩は大層驚いたろう。まさかそんなことを聞かれるとは思ってもみなかった。
ここでの生活の不満を言えということか。この世界に来て、こんなに快適な生活をしたことがなくて、すぐに思い当たらないんだが。

「あ、強いて言うならば、一般家庭で食べるような家庭料理が恋しくなってきました」
「家庭料理?」

ぴくりと、王子の眉が上がった。

レストランの料理を一週間食べていると、家でカレーが食べたくなるアレだ。さっきも、山亀の件を思い出したら、あの時に食べた、きのこと山菜のお鍋が食べたくなった。

勇者業をしていると、人の家に泊まらせてもらうことがある。
その時に食べる家庭の味は、疲れた身体に沁みる。一度食べたら忘れられない。どれも温かくて優しい味なのだ。冒険者として世界中の美味を味わう夢を絶たれたわたしの、ささやかな楽しみになっている。

「こればかりは、そこへ出向かなくては食せませんので」
「ふむ、そうか」

王子は、静かに目を閉じる。
「下がってよい」という彼に頭を下げて、わたしは大広間を後にした。


その日の夕方。
部屋で荷物を整理していたら、ノックの後、セバスチャンが入ってきた。

「勇者様、お食事の時間になります」
「ああ、ありがとう」

夕食は自室で食べることになっている。

邪魔にならないようにベッドに避難すると、どういうわけか木製のテーブルが運び込まれた。続いて、テーブルに合わせた椅子が二脚。レース編みのテーブルクロスが、木目を柔らかく魅せる。アンティークのテーブルランプが、その上を優しく照らしている。

「セバスチャン、これは」
「雰囲気が出るだろうという、王子様のご提案です」

なんの雰囲気……?
わたしの疑問は、料理が運び込まれたと同時に解消された。

「食べたことがある料理だ……」

テーブルにずらりと並べられる料理は、どれも見覚えがあった。

太陽に近い街と言われ、神族が訪れるサンクエリの郷土料理。見た目カップケーキなのに、味がお好み焼き、たこ焼き、ソースカツ。そもそもの材料が知りたかったが、教えてもらなかった。そこで生まれ育った者のみぞ知るらしい。
海のど真ん中にあるアクアラインの家庭料理。島々が連なるそこは裕福な地ではないが、新鮮な海の幸が毎日の食卓を彩る。
リーフクロウは緑豊かな土地。わたしが介入して今こそ協力関係にあるが、かつては食べ物を求める魔獣との戦いが絶えなかった。色とりどりの果実で焼いたキッシュは絶品だ。
そして、マウンタリー地方のきのこと山菜のお鍋。

「どうだ」
「!王子、これは一体」
「家庭料理を食べたいと言っていたろう。―――入れ」

いつの間にかわたしの隣にいた王子が、扉の外に呼びかけた。部屋に入ってきたのは、懐かしい顔ぶれだった。

「お久しぶりです、勇者殿」
「お元気そうでよかったです」
「その節は大変お世話になりました」
「亀たちからもよろしく伝えてくれと言われました」

それぞれの街で泊まらせてくれた人たちが、ひとりひとり挨拶をくれる。みんな元気そうでよかった。

……ではなく。
住む場所がまったく違う彼らを、ものの数時間でどうやって城に呼び寄せたのか。王子に問うたら、

「転移陣で呼び寄せた」

と、あっさり返された。

「明日はまた別の者たちを呼び寄せよう」
「いえ、あの」

転移陣って、そもそも緊急事態時にしか使えないアレですよね。
国境の問題があるから、限られた人にしか許可されていないはずのアレですよね。
勇者が料理食べたいっていうから使っていいものじゃないはずですよね。

「案ずるな。そなたが回ってきた町の名前はすべて把握している」
「そこじゃないです」

王族をナメていた。
そこでしか食べられないものがあるなら、そこに行こうと考えるのが普通だ。まさか呼び寄せるとは、露にも思っていなかった。

わたしが家庭料理を食べたいと言っていることを伝えると、「勇者様のためなら喜んで!」とみんな作りに来てくれたらしいが。本当によかったのだろうか。普通、迷惑だろう。
まあ、「女勇者様御用達の看板掲げて料理店でも始めますよ」と笑ってくれたので、よしとしよう。わたしの名前が使えるなら、思う存分使ってくれ。そういう精神は好きだ。

「さあ、冷めてしまわないうちに食べよう」

王子が席に着くと、セバスチャンとメイドさんを残して皆退出した。

さて。
わたしは腕まくりをしてお玉を持った。これだ、これ。きのこと山菜のお鍋。スプーンを持った王子が、隣から興味深そうに覗き込む。

「同じ器をつつくと聞いたが」
「お玉でよそってもいいですよ。わたしはそうします」
「ふむ。この山菜は初めて見るな」
「どれですか」
「これだ」

王子がスプーンで掬ったのは、白菜のような見た目の野菜だった。
けれど、こちらの世界で白菜に出会ったことはない。見た目が同じでも味が違うというショッキングな経験は山のようにしてきた。きのこがきのこであることが不思議なくらいだ。今回も油断ならない。自分が知らないものを王子に食べさせるわけにはいかないし。

「失礼します」

断ってから王子の手を取った。スプーンから直接頂いて咀嚼する。
うーん、これはなんだろう。しっとりと口の中で溶けた。後味は……、

「セバスチャン」
「はい」
「このスプーンは家宝にする。いや、展示しよう。王室ゆかりの品々を飾る展示室があったろう。そこに保存する」
「かしこまりました」
「やめてください」

アーベント王室展示室。
一年に二度、春と秋に一般公開される部屋がある。この秋から、展示室の真ん中のショーケースには一本のスプーンが飾られた。

題・「女勇者がマウンタリー地方の山菜を食したスプーン」。

こうして、わたしの旅立ちはまたずるずると伸びるのだった。

タイトルとURLをコピーしました