転移先でスライムを倒して勇者になったアラサー女子を年下王子が囲おうと画策するお話

衣食住、幼い頃から必要なものは言う前に与えられた。
だからだろうか、自分で何かを手に入れたいと考えたことがなかった。

その日は、護衛を連れて街路を歩いていた。
忍んで裏道を歩いていたのが災いした。大通りで暴れていた魔獣が、こちらに逃げ込んできたのだ。魔獣と向かい合い、剣を抜く護衛たち。突如、ふたつの間に、小さな影が割って入った。

「下がってください!」

小柄な身体に不似合いな大きな剣。己の倍以上ある魔物を見据える瞳には、倒すという確固たる意志を宿している。

「とりあえず叩き斬れ!エクスカリバー!」
「まともに唱えられないならば黙っていろ小娘」

一閃。昇華される魔力の粒を追う眼差し。
美しいと、そう思った。同時に、知らない感情が腹の底から芽吹くのを感じた。

―――欲しい、と。

生まれて初めてそう思った。


それからというもの、俺は女勇者について情報を搔き集めた。彼女について分かったことは、三つ。

一つ目は、出身不明だということ。勇者になる前の記憶がないとも言われている。
二つ目は、スライムを倒して出現した宝箱で勇者の剣・エクスカリバーを得て勇者として覚醒したということ。
三つ目は、寝ることより三度の飯が好きだということ。

無益な殺生を好まず。誰にでも等しく優しい。責任感が強い女性。金銭も必要以上に受け取らないどころか、水一杯で依頼をこなしたこともあるという。

「勇者ではなく、聖女ではないのか」

記憶がない期間はきっと聖女だったんだ。虫も殺せないような、心優しい女性だったのだろう。

(聖女服の勇者も見てみたいな)

私服の勇者に、ネグリジェの勇者。ドレス姿の勇者。笑顔、泣き顔、寝顔、怒った顔、驚いた顔、全て。見てしまったら最後、閉じ込めたくなるだろうか。見せびらかしたくなるだろうか。

これまで見合いがてら、各国の令嬢と会ってきた。花のように美しいと謳われるリーフクロウの公爵令嬢。国一聡明だと称えられるサンクエリの男爵令嬢。
しかし、誰一人として今のように心惹かれることはなかった。傍に置きたいと思ったことはなかった。世界に名を馳せるアーベント屈指の彫刻家・アルノー作・美の女神像さえも勇者の前では霞んでしまう。

「お前、それは恋っていうんだよ」
「なるほど、これが恋か」
「それより、どうする気だ。勇者は姫にはなれないぞ。王子であるお前に必要なのは、勇者じゃなくて姫。分かってんだろ。無謀にもほどがある」
「そうか?一目見た時から、彼女は俺にとって、姫であり妻であり聖女であり女神でもある」
「遊び知らないやつが恋するとこうなるんだよ。つーかまだ結婚してねーだろ、なんだよ妻って」

勇者に関する調査を頼んだ伯爵の長男(本人は友人だと言い張っているがただの腐れ縁)は、「王子様は重症だ。アーベントの将来が危うい」と心にもないことを言う。彼も知っている通り、俺一人の恋心でアーベントは揺るがない。

王族たるもの、国の安定と発展に努める必要があるのは認識している。だが、それがイコール王になることかと問われると、現時点では「分からない」というのが正直な答えだ。王にならずとも、国に貢献する方法はある。

俺には、下に弟が三人、妹が一人いる。

アーベントは、継承順位よりも実績や実力が重視される。女王も認めてきた国だ。
そのため、必ずしも第一王子の肩書きはアテにならない。現に、俺の父・アーベント王は、先代の末っ子だ。父の兄たちは、外交、軍事、経済、それぞれの特性に応じて職務が与えられている。俺はデスクワークより剣の方が好きだし、将来は国防の任に就くことができればと考えている。

自由教育を推奨している、王族の子どもたちへの教えはこれだった。

「必要なものは与えてやる。ただし、欲しいものは自ら手に入れろ」

王位より研究職を取った伯父(父の長兄)は、10代から自分の研究がいかに国益となるかを示し、自らの研究所と伴う予算を手に入れた。今ではアーベントの主要産業・化粧品の研究開発に従事し、莫大な利益をもたらしている。

俺の従兄弟(父の次兄の息子)は、城に来ていた商人に憧れて14歳で弟子入りした。現在は自分の商会を持ち、誰も手を付けていない地域の販路開発のため、精力的に世界を回っている。

―――ならば俺も勇者をアーベントに迎え入れることができるはずだ!そして愛する彼女がいるこの国を守る!強い想いを形にする力を秘めたアーベントの血が、この身体には流れているのだから!

腐れ縁からは「それとこれば別だと思う。それから王族(お前たち)のソレは、執念のレベルだから。想いなんて可愛いもんじゃないから」と呆れた顔をされた。彼には調査の礼をして、さっさと部屋から追い出した。

「さて、」

思考を女勇者に戻すとしよう。

俺は勇者が欲しい。彼女を傍に置きたい。彼女に傍にいて欲しい。

必要なのは三段階。
第一段階で、勇者にコンタクトを取り、面会する。
彼女に俺という存在を認識してもらう必要がある。悲しいかな、挨拶すら交わしたことがないのだ。せめて「おはよう」と「おやすみ」は言えるようになりたい。

第二段階で、勇者の拠点をアーベントに置くように図る。
ここが一番の要だ。勇者は活動の拠点を持たないと聞く。可能な限り滞在期間を延ばして、アーベント城から離れがたいようにさせる。ギルドや彼女の周りも取り込もう。彼女には、実家に帰ってくるくらいの意識を植え付けることができれば上々だ。
「勇者」という立場もあるから、場合によっては、王や側近に相談することになるやもしれない。

第三段階で勇者を囲う。
城を拠点とできれば、おのずとふたりの時間も生まれ、彼女の心を開く算段も取れよう。そうなればこちらのものだ。一に押して、二に押して、三に押す。大丈夫、俺はやる。やって見せる。以上。

まずは、呼び出す方法だ。
王子という立場を使って呼び寄せたとして、どうだ。挨拶して話を聞いてさようならでは意味がない。

机の上に積まれた書類の束を手に取った。内容は、住民からの陳述書。一枚ずつ捲っていると、アーベント南方の住民から地龍が出現の兆しがあるとの報告が載っている。

「これだ」

地龍のランクはA。
王室から出す勇者への依頼ランクにも不足はない。

王からの許可の元、騎士団長と相談し、彼の名前でギルドを通じて依頼を出した。ギルドとは今後、懇意にしていきたいと考えたからだ。

勇者が依頼を受けたと聞き、俺は早速料理長の元を訪れた。

「世界各地の料理で、勇者をもてなしたいんだ。食材はこちらで調達する。お願いできるだろうか」

勇者が食べることが好きだと知ってから、食について学ぶため厨房通いをしていた。そのため、料理長とは顔なじみ。俺が頼むと、喜んで引き受けてくれた。

宿泊できるように客間も整えた。
問題はどのようにして彼女の滞在期間を延ばすかということだが、これは思いがけぬ方法で実現した。

「ご報告致します!地龍討伐後、女勇者が倒れたとの連絡あり!現在は救護室で休んでおられるそうです!」

化粧品開発をしている伯父の手伝いをしていたが、持っていた試験官放り出して救護室に向かった。試験官が割れる音がした後、「この配合だ!これこそ僕が探していた黄金比だぁああああー!」という木霊が追いかけてきたので、きっと新しい何かが生まれたのだろう。謝る手間が省けてよかった。

救護室に飛び込むと、白いベッドに横たわる彼女がいた。
目立った外傷はない。上下する胸、赤みがさしてる頬を見て安堵した。

(ああ、やはり寝顔も美しいな)

柔らかそうな頬を撫でたい気持ちをぐっと抑えつけて、医師の話を聞いた。診断は過労だった。

ちょうどいい、城でゆっくり休んでもらおう。勇者も休める。俺も看病がてら彼女のすぐ傍にいることができる。誰も損をしない、一石二鳥。これぞwin‐win。

勇者を用意していた客間に移すよう指示を出した。勇者に連れ添っていたヒーラーからは、何度もお礼を言われた。

「気にするな。わたしがしたくてしていることだ」

ヒーラーは甚く感動した様子で、深く頭を下げた。そうだ安心しろ、俺のためだ。


勇者の体調が戻るまでとされたが、彼女の長期滞在に反対する者はいなかった。

それどころか、日を重ねるにつれて「このまま勇者様がアーベントに住んでくれればいいのにな」という空気が城に流れ始める。
もちろん、仕掛けたのは俺だ。
事前に勇者に関する話を広めた上で、彼女が城の者たちと会う機会をごろごろ転がしておく。

目論見通り。力を誇示することがない、彼女の飾らない性格は、使用人を始め、料理人、騎士団員、城に勤める者たちに受け入れられていった。

料理長は「あんなに美味しそうに召し上がって頂けるとは料理人冥利に尽きます……!」と感涙し、騎士団長は「勇者でなければスカウトしたい」と言っていた。
中庭で会って意見を交わしたらしい丞相までも「なぜ勇者をしているのか分からない。男性ならばわたしの後釜に育て上げたいくらいだ」と勇者の見識には舌を巻いていた。

年齢、職種、位問わずこれだけの人間に受け入れられるのは、もはや才能だ。誰かに惜しまれるような人物となれば、後は話が早い。

「勇者に、アーベントを拠点とするよう提案するのはいかがでしょうか」

夕食の折、父にこう進言した。
食事の手を止めた父は、俺を見据え、おもむろに口を開いた。

「女勇者は、中立の立場を保つことで有名だ。魔物と人間の間でさえ仲介してしまうほどにな。ゆえに拠点を持たない。お前が知らないはずはあるまい」
「はい。だからこそ、『提案』をします」

強制はしない。あくまで、勇者がアーベントを選ぶようにする。

勇者がアーベントを活動の拠点とすることは、我々にとっても悪い話ではない。
勇者の拠点ともなれば、他国はそれ勝手に手出しすることができなくなる。彼女の存在こそ大きな抑止力なのだ。

「断られる覚悟はあるのか。それとも、算段がついているのか」
「目星は、ついています」

これまでも、あの手この手で他国が彼女を取り込もうとした国があったはずだ。しかし、どのようにしてか悉くその手を逃れてきた。どのようにして?

最初は、彼女自身が持つ純真さで躱してきたのかと思った。が、

「自分、そろそろお城を出ようと思います」

ないな、と確信した。こんなに直球投げてくる人物がそこまで器用だとは思わない。

おまけに、生活に不足はないか問うたら、返ってきた答えは「家庭料理が食べたい」、だ。
なにそれ可愛い。普通、年頃の女性なら宝石とかドレスとかアクセサリーとか強請るだろう。本当にブレないな。凛々しい顔して、言うことがいちいち可愛すぎる。王族としてポーカーフェイスを身に付けた俺の表情筋が悲鳴を上げるくらいに可愛い。

ともあれ、取り込めなかった理由は他にある。
可能性として挙がるのは、彼女を守る側の者。ギルドとヒーラーではないことは確実だ。彼らは、勇者が拠点を持つことを望んでいる。

軽い世間話がてら、女勇者が拠点をアーベントに移したらどうだろうかと話を振ってみたところ、アーベントのギルド長は泣いて喜んでいた。他国のギルド長たちも口を揃えて切実に訴えていたらしい。

「この際、国は問わない!もうどこでもいいから勇者への直通連絡先が欲しいッ!!」

これまで、勇者を捕まえるのに各国ギルドは苦労していたようだ。
依頼の帰りに人助けをしているものだから、正確な場所と帰還日時が全く把握できないという。
拠点があれば、「勇者今どこにいるの?」連絡をギルド間で回さずに済む。これが減るだけで仕事の一割が減ると言っていた。勇者はある意味、Sランク魔獣以上に出現率が低いかもしれない。

そして、勇者に付き添っているヒーラー。
彼女も嬉しそうに微笑んでいた。

「勇者様が望むのならば、ぜひ。鳥にも羽を休める場所があるのです。勇者様にもそのような場所があってもいいと思います。どうしても無理してしまう方ですから……」

だとすると、残るは『アレ』だ。
彼女を勇者に覚醒させた『アレ』こそが、拠点を持つことに反対する者だろう。

「できるのか」
「やります」

可能か不可能か、の問題ではない。やる。それだけだ。

俺が女勇者にかける想いは、世界一深いといわれるダイブシー海峡よりも深いという自負がある。勢いは、我が国が誇る世界最高峰のから落ちるイルムトルート滝さながらだ。

止められるなら止めてみせるといい。
毎日勇者の手に触れられているなんて嫉妬に狂いそうなるくらい羨ましい待遇を受けている貴様などに負けてたまるものか。俺は、まだ彼女の手を洗ったくらいで握ったことすらないんだ。

(そう、焦がれた女性が俺の元にいる。簡単に逃がしはしない)

テーブルの下で拳を握った。父はそれすらも見通しているようだ。口元に微かな笑みを湛えて言った。

「お前もアーベントの子だな。血は争えん」
「!では」
「我が国は、女勇者の意志を尊重する」
「かしこまりました」

内部は纏まった。外堀も埋めた。
後は、『アレ』を説き伏せるだけだ。

俺は、食後の紅茶を口に含んだ。仄かな甘みを舌の上で転がしながら思案する。

(そろそろ彼女のネグリジェを用意する頃合いだろうか)

色は勇者の身の回りの世話を頼んでいるメイドたちと相談するとしよう。
食後、セバスチャンを呼んで仕立屋の手配をさせた。

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