転移先でスライムを倒して勇者になったアラサー女子が年下王子と共闘してデーモンを倒すお話

 おもむろに窓の外に視線を向ける。今日は朝から曇天だ。

「はあ……」

 ゆでガエル現象。常温の水にカエルを入れて徐々に温かくすると、温度変化に気付かないうちに死んでしまう。転じて、現状に甘んじて気づけば崖っぷちという恐るべき事態を指す。

「今のわたしか」
「自覚があるならば脱せ」
「脱せるものなら脱してるよ」
「できる癖にやらない者の言い訳だな」

 正論だ。ぐうの音も出ない。

 小さな錆が落ちたことを確認してからオリーブオイルを塗ると、「もう少し右だ」と言われた。勇者の剣を磨いているだけなのに、気分はおじいちゃんの肩叩きだなこれ。わたしは聞こえないフリをして、早々に羊毛でオイルを拭った。


騎士団との鍛錬が終わり部屋に戻ると、メイドさんから「採寸させてください」と言われた。

 断る理由もないので応じた2日後。ネグリジェが届いた。

 ネグリジェとは、ワンピース型の寝巻きのことらしい。知らなかった。こんなにひらひらしたものなんて着たことがなくて途方に暮れた。日本では上下スウェットだったわ。

「気が利かなくてすまない。用意するのが遅れてしまった」

 王子からこの上なく申し訳なさそうな顔をされたけれど、正直どんな顔をしていいのか分からない。お菓子や料理、野菜、戦闘関係の道具を贈られたことはあるけれど、寝巻きは初だ。

 とはいえ、イケメンに「気に入ってもらえるといいんだが……」と眉を下げられては、「着ないのでお気になさらず」とは言えない。

「有り難く頂戴します」
「!ああ」

 笑顔の花がふわりと綻ぶ様に、笑顔の花を咲かせるのは女性だけじゃなかったのか。なにこの綺麗な子。

「それで小娘、いつになったら旅に出る気だ」

 王子の笑顔に見惚れていると、ベッドの方から刺々しい声が飛んできて我に返る。

 声の主は、ベッドに立てかけているエクスカリバー。エクスカリバーと呼ぶのには長いので、詠唱時以外はカリバーと呼んでいる。

「なにも急く必要はないでしょう」
「貴様には聞いていない。慎め、小僧」

 カリバーは、二の句も告げないように王子の言葉を遮った。

「小娘。貴様は確かに食い意地が張った、時には女かと疑いたくなる神経の持ち主だ」
「そんなこと思ってたんだ?」
「だが、己の使命への忠実さには一目置くものがあった。その貴様が、たったひと月で絆され、拠点を持とうとは言うまいな」

 勇者は、人間からは救世主のように称えられ歓迎される。

 しかし、魔物たちにとって、聖剣を扱う勇者は邪魔でしかない。

 彼らにとって勇者とは、「面倒なヤツが現れたな、排除しよう」というのが常識だ。人間と魔物の間の確執は大きく、マウンタリー地方の山亀たちのように、必ずしも話が分かる魔物ばかりではない。問答無用で人間を襲う者もいる。

 勇者という立場が厄介だと知ったのは、勇者業を始めて3ヶ月後のことだった。

「ここに勇者がいるって聞いたぜ!」

 修行がてら某村で長らく宿泊していたら、村ごと多数の魔物に狙われた。

 勇者になって日の浅いわたしが守り切れるわけがない。

 豊かな畑は焼き払われ、多数の負傷者が出た。カリバーがオートマチックでなければ、もっと被害が大きかったかもしれない。ヒーラーが一緒に来てくれていなければ、怪我人も癒やすことができなかった。

 怪我人の腕に包帯を巻くわたしの傍に来た村長が、こちらに向かって静かに頭を下げた。彼の後ろにいる村人たちも、申し訳なさそうに目を伏せる。

「すまない、勇者様。どうかこの村を立ち去ってはくれまいか」

 断る理由はなかった。全ての怪我人の治療が済んだ次の日。わたしたちは、その村を後にした。

 魔物を倒す度に、彼らからは恨みを買う。そして、また狙われる。抜けられない無限ループの中で、拠点を持つことはしないと決めた。あの村のような惨状を目の当たりにすることは、もうごめんだった。

 引き留めてくれたところは多くあった。心惹かれることもあった。しんどいときや疲れたときは、帰る家が欲しいと思うこともあった。

「だが、それがいかに危険なことか知らない貴様ではあるまい」

 そういうときは、必ずカリバーが引き戻してくれた。相手がどうしても引いてくれない時には、彼自身が矢面に立つこともあった。

「貴様らは自らを守ろうと我らを引き留めるつもりだろうが、逆だ。我らは魔物にとって仇も同然の存在。Aランク以上の上級デーモン含む魔物の群れと敵対したいなら我らの住居を用意するといい。そうだな。なんでも要求を呑むというなら、王族の城の中庭にでも立ててもらおうか。上級貴族の屋敷の土地でも構わん」

 ほぼ脅し文句だが。魔物の群れに襲われたい人この指とーまれ……って、止まるわけがない。魔物を撃退するために勇者を呼ぶのに、住まわせるだけで襲われるなんて本末転倒だ。

 どの国もこの話を聞くと、顔を引きつらせて身を引いた。きっと目の前にいるアーベントの第一王子も……。

「中庭?何を言っているのですか。城の中に住んで頂くに決まっているでしょう」
「「は?」」
「魔物が襲ってくるからどうしたというのですか。勇者がいてもいなくても、魔物は湧きます。数が多いか少ないかの違いでしょう。生憎、アーベントは魔物の襲撃で揺らぐほどヤワではありません」
「……年長者の忠告は経験から来ている。聞いておくものだ」
「聞いた上での判断です」
「奢りは高慢ぞ。国をなんと思う。住んでいるのは小僧、貴様だけではない」

 カリバーが人間だったら、苦虫を噛み潰したような顔をしていたと思う。

 これにはわたしも面食らった。王子の青い瞳はカリバーではなく、まっすぐわたしを射抜く。

「勇者よ。わたしは、そなたの本当の気持ちが聞きたいのだ。
『勇者だから』『魔物に襲われるから』『誰にも傷ついて欲しくないから』全ての理由を取り払った先にある、そなたの気持ちが」
「わ、たしは―――」
「失礼致します!王子、勇者様ご報告致します!上空よりデーモンがデビルの群れを引き連れ、アーベント領に入りました!市中、避難所防衛シールド展開済んでおります!」

 報告を受けて、わたしはカリバーを片手に部屋の窓から飛び出した。

 飛行の魔法陣を編み込んでいるシューズを履いているため、宙を蹴ることができる。ファンタジー万歳。

「三時の方向。路地裏、デビル三体だ」
「了解!」

 カリバーの指示で、市中に降りる。

「ケケケ!イタ!イタ!」
「ユウシャ!」
「ユウシャダ!」

 デビル。デーモンに付き従う悪魔たちのことだ。

 黒いモフモフ、つぶらな瞳。小さな手足に、悪魔の羽根尻尾。一見、抱いたら気持ちよさそうなクッション程度の大きさだが、下手に触れると被れる。撫でようものなら、可愛いお顔が般若になり噛み付いてくる。その歯は岩を砕き、唾液は鉄を溶かす第一級取扱注意生物だ。

「ユウシャ、ツカマメル」
「イルムサマ、ヨロコブ」
「やっぱりわたしか」

 「イルム」というのが、今回の親玉のようだ。襲い掛かってくる黒い毛玉たちを躱し、一気に斬り倒す。

「ウワァアアアアー!!」

 大通りの方で、つんざく様な悲鳴が聞こえた。考えるより早く、身体は声の方向に駆け出した。防衛シールドは張ったと言っていた。逃げ遅れた市民がいたのか。

「大丈―――」
「うおおおおどっせいッ!!」
「イヤアアアアー!」

 ……あれ?

「うおりゃあああああー!」
「ヤメテェエエエー!」

 ……あれれ?

「あんたァ!そっち行ったよォオオ!」
「任せろォオオ!テメェうちの女房に何しやがったァアア!」
「ヒィイイイー!?」
「なんだこれは」
「わたしが知りたい」

 市の広場では、市民と悪魔たちの乱闘―――というにはあまりに一方的な、市民によるデビル狩りが繰り広げられていた。そう、「狩り」という表現が一番しっくりくる。

 先程の悲鳴も、人間たちの圧倒的な暴力に泣きながら逃げているデビルのものだったようだ。

「ア!ユウシャ!」
「ユウシャダ!」
「オマエノセイダ!」
「オレイタイ!」
「モウイヤダ!」

 人間にボコボコにされたデビルたちが、一斉にわたしに向かって飛び掛かってくる。逆恨みは解くしかない。

「呪怨を解く聖なる光の力を我が手に エクスカリバー!」

 デビルたちが、光の柱に飲み込まれて消え去る。

 そういえば。

 以前、アーベント市内で魔物退治の依頼を引き受けたとき、市民たちが魔物に立ち向かっていくから「これ、わたしいらなくね?」って思ったことあったっけ。

 市民の勢いに、魔物の方が驚いて挙げ句の果てには路地に逃げ込む始末。おかげで仕留めるのは簡単だったけど、あれほど魔物に同情したことはない。

「勇者様、大丈夫?」

 振り返ると、声をかけてくれたのは五歳くらいの男の子だった。手に短剣を握っている。まさか、こんな小さな子も悪魔と戦ったというのだろうか。わたしは、己の不甲斐なさに唇を噛んだ。

「ごめん」

 もう誰も巻き込みたくないと思っていたのに。わたしがもう少し早くアーベントを出ていれば。居心地の良さに甘んじていなければ。

「巻き込んでしまい、申し訳ない」

 集まっていた市民たちに頭を下げた。少しの沈黙の後、男の子はわたしの前にすとんと座った。目と目が合うと、彼は歯を見せて笑って言った。

「勇者様。『戦わぬ者、得るべからず』だよ」
「戦わぬ者……、え?」
「アーベントでは、子どもの頃からそう言い聞かせる。
自分の欲しいものは、自分で手に入れろ。そのための戦いならば、甘んじて受け入れろってね」

 教えてくれたのは男の子の母親だった。腰に手を当てて、誇らしげに男の子の頭を撫でている。市民たちも晴れ晴れとした顔をしていた。

「勇者様、あたしらは当たり前のことをしたまでだ」
「そりゃあ、勇者様に頼ることもあるけどよ。俺たちの国の平和は、俺たちが守るもんさ。そうだろ」
「儂はこう見えて、騎士として前線張ってたんじゃ。デビルなんぞに負けはせん」
「僕、将来騎士になるんだ!もっと強い敵と戦って、勇者様みたいに強くなるよ!」

 わたしはこれまで、自分が手にしたいなにかのために本気で戦ったことがあっただろうか。

 日本では普通の家庭に生まれて、高校も大学も、みんなが行くからなんとなく行って。就職もそこそこにして。そこそこ稼いで。

「もうちょっといい学校行きたいな」「資格取りたいな」「仕事変えたいな」「ゆっくり休みたいな」「家欲しいな」「もっと稼ぎたいな」。

 そう思っても、「わたしは普通の人間だから」「毎日忙しいから」「みんなそうだから」って、自分を誤魔化しながら歳を重ねていた。

 勇者の剣を拾ってからも、「勇者だから仕方ない」って。冒険者のように気ままに生きることも諦めて。帰る家や居場所が欲しいという気持ちに蓋をして。妥協しながら生きてきた。

 でも、

『わたしは、そなたの本当の気持ちが聞きたいのだ』

 わたしの本当の気持ちは―――

「フハハハ!見つけたぞ勇者よ!ここで会ったが16ヶ月目!今日という今日は逃がさんぞ!」

 一体の人型デーモンがこちらを見下ろして不敵な笑みを浮かべている。

 16ヶ月前に会った記憶はないが、きっとあれがイルムだ。彼を倒せば終わる。わたしが地を蹴り、空中でイルムと対峙すると同時に隣に誰かが降り立った。

「すまぬ、遅れた」
「王子?!」
「外野は気にするな。指示は出してある」

 王子の視線の先には、イルムが連れていた悪魔たちに斬りかかる騎士団の姿があった。

「怪我するぞ、小僧。貴様も下がっていろ」
「これでも剣の腕には自信があります」
「ごちゃごちゃと喧しい!」

 わたしは、イルムが放つ衝撃破を上に避けてカリバーを振り被った。イルムは硬化した腕で、斬撃を受け止める。

「後ろががら空きだ」

 王子がイルムに後ろから斬りかかった。イルムはわたしを押し返し、王子と距離を取る。

「やってくれるじゃねェか」

 背中から滴る血をそのままに、イルムが風穴の空いた手のひらをこちらに向けた。

「デビルなんかいくらでも作ればいいんだよ!」

 風穴から噴き出すように生まれたデビルたちが飛び掛かってくる。牙を剥きだしにして食い掛ってくる毛玉を躱して、斬る。王子と二人がかりとはいえ、いかんせん数が多い。

 楽しそうにこちらを眺めるイルムの顔を見て、とりあえずまとめて吹き飛ばしてやろうと決めた。付き合ってやる義理はない。

 でも、その前にふたりには伝えておかないといけないことがある。

「カリバー!王子!」
「「なんだ?!」」
「わたし、気ままな旅がしたい!
それで、各国の料理を食べ尽くして、レポート書いて、この世界にこんなに美味しいものがあるんだって知ってもらいたい!今更冒険者になるのは無理だから、これまで通り依頼をこなしながら!勇者兼食レポ家ってことで!
それから、アーベントに家が欲しいです!たまに帰る家!」
「!勇者!そなた」
「覚悟は出来ているのだろうな」
「うん」

 アーベントを巻き込む覚悟と、守る覚悟。わたしを受け入れてくれた人たちを巻き込む覚悟と、守る覚悟。

 戦って手に入れよう、わたしも。生き方と、居場所を。イルムとの戦いはその踏み絵だ。

「ならば、我が何を言おうと詮無い話。……やれやれ、子守りは長引きそうだ」
「苦労かけます」
「全くだ、小娘」
「とりあえず、アレ、吹き飛ばそうか」
「防御は任せろ」
「助かります、王子」
「万物の根源 天と地を形作る源よ 我らを守りし盾となれ」

 王子が周りに被害が及ばないように防御壁を張るのを待って、わたしはカリバーの剣先を天に掲げた。

「地の彼方まで思いっきり吹き飛ばしてしまえ!エクスカリバー!!」
「なんだとォー?!」

 カリバーを力一杯振り下ろすと爆風が起こり、デビルたち諸共イルムは吹き飛んで行った。「そんな適当な詠唱があるかァアアー!」と負け惜しみが空に木霊する。

 歴代勇者たちの栄誉のために断っておくが、断じて適当ではない。詠唱はより明確なイメージを浮かべた方が、技の威力を増すのだ。こちらの言い回しを知らないわたしが想像できないまま唱えるより、知っている言葉で唱えた方がずっといい。

 騎士団とか戦っていたデビルたちも、司令塔を失ったことで慌てて引いていく。町の人たちがこちらを向かって歓声を上げ、騎士団員たちは互いに労う。わたしと王子が地上に降りると、みんな笑顔で迎えてくれた。

「ところで勇者よ。そなたはどのような家に住みたいのだ。洋館か?東方の影響で流行っているという和の家屋か?申してみよ。なんなら、城を増築してもよい」
「いえ、あの、普通の家でいいです。というか自分で探すのでお気になさらず」
「未来の嫁の家を用意するのは当たり前のことではないか」
「未来の……、え?」
「いかん、口が滑った。わたしがしたいと思うからするのだ。案ずるな」
「は、はあ……」
「小僧、貴様デーモン相手に傷を負わせたからと言って調子に乗るでないぞ」
「調子に乗ってはおりません。勇者と共闘出来て浮き足立っているだけです。あわよくば、このまま同棲したいくらいです」
「刻んでやろうか。余計なことを考える暇があるなら腕を磨け小童が」
「余計ではありません。息をするくらい大切なことです」
「小娘、コイツ刻め」
「いや、一国の王子刻むのはダメだって」

 王子とカリバーが言い合うのを聞きながら、わたしは空を見上げる。厚い雲は過ぎ去り、見渡す限りの青空が広がっていた。

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